2008.07.04 Friday
真実とは何か?<禅メディテーションとは?>
その日、私は朝からスワミ・クリシュナナンダさんの部屋の前にダルシャン(恩寵、面接)のために座っていました。シバナンダアシュラムの滞在許可をもらうためです。
スワミジは忙しく書類に目を通してサインしていました。事務的処理をしているヨーガ行者を、私は遠くから眺めていました。すると遠くから
「あの日本人を呼んでくれ」
と言って私に手招きをしました。私は驚いて、たくさんの人々の間をすり抜けて、部屋に入り、スワミジの前に座りました。私はお辞儀をして黙っていました。するとインド人の少年が、私に黄色いインドのケーキと白いミルクケーキを運んで来てくれました。そしてスワミジは
「食べなさい」
と言ってから、いくつかの質問を私にしました。
「君は何か研究しているそうだね」
「はい、日本で『岡倉天心』についての論文を本にしました。彼はインドに来て、スワミ?ヴィヴェーカーナンダやタゴールにも会っています」
「スワミ・ヴィヴェカーナンダとはどんなふうに接したのかね?」
「はい、天心はスワミ・ヴィヴェカーナンダの『宗教は一つ』と言う言葉に影響を受けて、『アジアは一つ』という言葉を残しています。インドでは仏跡巡礼をしています」
「日本には禅メディテーション(坐禅)があるけれど、あなたもするかね?」
「はい、ときどき坐禅をします」
「禅メディテーションとは何だ?」
「ただ坐ります」
「ただ坐るだけかね?」
「はい」
「何も考えないのかね?」
「はい、空になるのです」
「ほーーー」
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2008.06.13 Friday
真実とは何か?<聖なる心も持ちました>
バススタンドに着いて、彼がオートリクシャからオートリクシャから降りようとしたとき、カバンの紐が切れて、地面に落ちてしまいました。荷物の詰め過ぎです。ベンチでカバンの中から荷物を取り出すと、40冊ぐらいの本がありました。よくもこんなに本を買ったものだと感心し、それをカバンに詰めて背負って帰ろうという根性にも感心してしまいました。すべてヨーガ関係の本で、彼の街の図書館に入れる本です。
彼と同室だった人は、新しいカバンを買ってあげると言いました。でも彼のカバンは昨日、街で買ったばかりの物でした。彼は
「大丈夫、直してもらって来ます」
と言って、昨日のカバン屋さんに走って行きました。私たちは、その後ろ姿を見ながら
「ハ・ハ・ハ・ハ・」
「これは、長くかかりそうですね」
とベンチに腰を降ろしました。ぼんやり待っていましたが、なかなか戻って来ませんでした。やっと彼の姿が遠くに見えたとき、すでに9時を回っていました。
でも笑顔の彼に直して来たカバンを見せられたとき、私たちは
「良かった、良かった」
とインド人のやり方に感心していました。
デリー行きのバスは、9時20分の出発でした。荷物を詰め込んで
「聖なる水は持ったか?聖なる本は持ったか?」
と笑って尋ねると
「聖なる心も持ちました」
と彼も笑って胸に手をあてながら言いました。私は、バスの中で食べるように、オレンジを渡しました。
「聖なるオレンジ、聖なる友達」
と言って、彼は一つのオレンジを三つに分けて私たちも食べるように差し出しました。それを食べ終えて、彼は私たちの手にキスしてバスに乗り込みました。バスが動きだし、私たちはいつまでもいつまでも手を振っていました。そしてバスが見えなくなって、私たちは馬車に揺られながらアシュラムに帰りました。
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2008.06.12 Thursday
真実とは何か?<満月の日と次の日>
インドでは満月は聖なる日です。巡礼者がたくさんガンジス川に聖なる水を汲みに来たり、寺院にお参りに来たりします。インドには月の暦がまだ生きているんだなあと思いました。
インド人の友達は、父親が早くに亡くなり、家族はとても小さな部屋に一緒に住んでいると言いました。結婚には興味がないし、サニヤシン(放棄者、出家者)になるつもりだと言いました。
満月の次の日、彼は南インドに帰ることになり、私は彼と同室だった人とバススタンドまで送って行くことにしました。
7時に出発するというので、部屋に行くと支度の途中でした。やっと仕度ができて、階下に降りて行くと
「ダイニングホールでお茶を飲んでから行こう」
と言うので、私たちは荷物を見ていてあげるから行ってらっしゃいと、彼一人を行かせました。戻って来た彼は
「祈りに行って来る」
と言って、また駆けて行きました。走って戻って来た彼に
「では行きましょう」
と私たちが腰を上げると
「10分待って欲しい。前のルームメートにさよならを言って来たい」
と言うので
「待っているわ」
と答えました。私たちはいったい、いつ出発するのかしらとバスの時間を気にしながら、待っていると、彼は戻って来て
「ガンジスの聖なる水を汲んで来る」
と言って、カバンから、水入れを出して、駆けて行きました。私たちは
「ハ・ハ・ハ・ハ・」
と笑っていました。随分経ってから
「これで、南インドのみんなに聖なる水をあげることが出来る」
とにっこり戻って来ました。そしてやっとオートリクシャに乗り込んでバススタンドに向かいました。そのときすでに1時間は経過していました。
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2008.06.10 Tuesday
真実とは何か?<インド人の友達>
アシュラムには色々な人が修行に来ていました。私は南インドのタミールナード州から来たインド人の青年と友達になりました。彼はインド人独特の彫りの深い顔立ちのハンサムで、体は筋肉質で鍛えられ、その瞳は瞑想によって澄んだ色をしていました。
ある日、私がスケッチをしていると、それを見て、彼の顔を描いて欲しいと言いました。15分位で描いてあげるととても喜んで、もうひとつ頼みたい事があると言いました。それは彼の街にある図書館のシンボルマークを作って欲しいというものでした。
ヒンドゥーのオームとキリスト教の十字架とイスラム教の三日月を結合させたシンボルマークが良いというので、それをデザインして作りました。
私と彼はインドの思想家スワミ・ヴィヴェカーナンダの言葉
「宗教は一つ」
を声をそろえて言いながら、そのシンボルマークの出来に満足していました。
私たちはガンジス川を渡って向こう岸にチャイを飲みに行くことにしました。ガンジス川の上に満月がオレンジ色に輝いて出て来て、そのあまりの美しさに声も出ない程、心を奪われてしまいました。
「月も一つ」
と言って、私たちは微笑みました。インドでも日本でも同じ月を見ることが出来るなんて、考えてみれば不思議でした。美しい月の光がガンジス川の水面に光の模様を描き出していました。
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2008.06.09 Monday
真実とは何か?<ガンジスに身投げ?>
快適な部屋でガンジス川の流れを見ながらぼんやり考えていました。このまま、治らなかったらどうなってしまうのだろう。滞在許可はあと数日しかないし、この状態で、ここを追い出されたら、たぶん、他のアシュラムやホテルも私の滞在を許可しないでしょう。そうなると私はどこへも泊まれません。ガンジス川のほとりで、世捨て人たちと寝なくてはならないかもしれない、と想像はどんどん膨らんで、帰国する飛行機にも乗れないし
『ガンジス川に身投げするより道はないかも』
と発想は極端になるばかりでした。
私は思いました。自分は今までとても傲慢だったのではないか、人の痛みを感じてあげることが出来なかったのではないか、と。健康であることは、ときに人を傲慢にさせます。きっと今までの私の人生の体の毒素が全部吹き出たのに違いない、と、自分の傲慢さを反省しているうちに、ボツボツは少なくなって来たのでした。
「どうやらガンジスに身投げ?しないでもすみそうです」
と、ほっとしました。
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2008.06.08 Sunday
真実とは何か?<居心地の良い囚人>
アシュラムでは私が居た日陰の部屋から、日向のとても良い部屋に変えてくれました。そこはVIPルームのようでした。そして部屋から出ないように言われました。食事もお茶も部屋に運んでくれます。私は居心地の良い囚人になってしまったのです。
今度の部屋はあまりにも快適でした。部屋からガンジス川の流れが見えます。日当りの良いベランダで日なたぼっこしながら、ヨーガの本を読んで過ごしました。夜は一人ベランダで食事をしました。ろうそくを灯して、月や星を見ながらのキャンドルディナー(夕食)です。
鏡さえ見なければ、痛みもないし痒くもないし、不自由もありません。しかも部屋に鏡がありませんでした。ただ、食事を運んで来てくれる少年が、私を見ないように顔を背(そむ)けて食事を渡すので、当時まだ20代の私は、深く傷ついてしまうのでした。
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2008.06.07 Saturday
真実とは何か?<伝染病に違いない>
薬を飲んでも、ボツボツは増える一方だったので、また病院に行きました。今度は皆がじろじろ私のことを見ていました。お医者さんが次々に4人診に来て、3人は「虫ではない。何か恐ろしい伝染病だ。伝染病に違いない」と言いました。私はどんどん不安に染まっていきました。
でも4人目に登場した、インド人ではない東洋人風のお医者さんは
「前に一人だけ日本人の女の子でこういうふうになった子がいましたよ。4〜5日で治るから、薬をやって」
と言いました。そして否応なく、びっくりするほどの巨大な注射器で、オズマのような巨大な色の黒いインド人の女性の看護士さんが、私のお尻に注射を打ちました。インドの薬や注射に不安はありましたが
『インドにあっては、インドに従え』
と、私に出来ることは、お祈りすることぐらいでした。ヒンドゥーの神様にお祈りしたい気持ちでした。
「どうか、助けて下さい」
と。
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2008.06.06 Friday
真実とは何か?<これは南京虫だ>
受付のマイケルが医者に連れて行ってくれました。スワミ・シバナンダさんはもとはお医者さんだったので、アシュラムの中には病院もあります。しかも無料で診察してくれます。素晴らしいです。たくさんの一般のインド人が病院の前に並んでいました。
私は、裏口から病院に入り、直接、お医者さんの所に連れて行ってもらえました。お医者さんたちが入れ替わり、立ち代わり、私を診に来ました。インド人はこういう症状になることは、ないらしく、なんだかとても珍しそうに私を診ていきます。そのときは、お医者さんたちは協議の末、
「これはバクシー(ベッドバッグス)だ」
ということになり、飲み薬と塗り薬をくれました。
数日後は大変な騒ぎになりました。私のボツボツは、みるみるうちに、首から顔へと上がっていき、顔までブツブツ赤く腫れ上がってしまいました。
恐怖におののいた私は、インドに来て何日も経っていなかったので
『自分を探しに、はるばるやって来たインドの私に対する答えはこれなのか?』
と暗い気持ちになりました。
聞き慣れない語を辞書で調べてみると、bugは英語辞書では「南京虫、昆虫、虫、病原菌による感染」国語辞書では南京虫は「半シ目トコジラミ科の昆虫。体は卵形で扁平。赤褐色で、体長4〜5ミリ。昼間は木の割れ目などに隠れ、夜間出て、人畜の血を吸う」と出ています。
「ほ〜〜〜、ぴったりです」
でも感心している場合ではありません。
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2008.06.05 Thursday
真実とは何か?<吸血鬼?>
実はアシュラムに着いた翌日、起きてみると左手が一面ボツボツになっていました。アシュラムに滞在していた日本人の男性は、それを見て
「吸血鬼ですよ」
と言いましたが、それが噂の怖〜〜い南京虫であるとは知りませんでした。
寝袋を点検すると、たくさんの虫がいました。赤茶色の気味の悪い虫です。けれども殺す気にもなれず、寝袋をベランダに持って行き、虫を払いました。20匹はいました。眠れないはずです。
4、5ミリでつぶすと、赤い血が出ました。それはおそらく私の血です。
「だから吸血鬼かあ」
と。けれどここまでヨーガの修行に来て殺生はしたくなかったのです。「殺生」はヨーガの教えに背(そむ)くことになるからです。しかし、皮肉にもその仏心が私を非常に悲惨な目に陥(おとしい)れることになるのでした。
その夜は虫も払ったので、安心して、寝袋に入りました。でも夜中に這い回る虫の気配を感じて、眠れませんでした。目が覚めると手だけではなく、首もびっしりボツボツに赤くなっていました。鏡を見るのも怖くなって来ました。
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2008.06.04 Wednesday
真実とは何か?<美しいその人の真実>
マタジーは10時に受付に行き、マイケルに
「彼女の面倒を見てやって」
と頼んで、オートリクシャに乗り込みました。私はお礼を言って
「手紙を書きます」
と言いました。涙が出そうでした。マタジーはにっこりして去って行きました。私はいつまでも手を振っていました。そして私は一人になりました。マタジーの居ない一人ぼっちの部屋は、ガランとしてしまいました。
初めてのアシュラムの部屋での一人の夜。マタジーのことを思いました。
「スワミニ、カルナナンダ。
美しいその人が静かに座る、ろうそくの炎が風に微かに震える夜。
独りであるがゆえに、神を感じ、神と一体になれる。
大きな瞳を閉じたその瞼(まぶた)に、小さなろうそくの光が宿る。
一瞬も神を忘れない。
一日中、神への賛歌をを歌い続ける。
長い髪をとかし、鏡を覗くとき、彼女は美しい女になる。
けれど、スワミニのオレンジ色の衣を身に纏(まと)うと、
もう誰の手も届かない、届かない存在。
彼女には神だけが宿るのだ。
その人の祈りは純粋で、星でさえ、やさしい愛をささやく。」
私はマタジーの言いつけを守って、瞑想してから眠りにつきました。
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